| 往年のカフェ・カスタムをイメージ。その名も「J’s CAFE」
30年近い歴史を持つSRには、それぞれの時代によって流行があるようだ。例えばここ数年はダートトラッカースタイルと、そこから派生したややチョッパー風のスタイル。それ以前は正調ブリティッシュなロッカーズや、シングルレースが盛んな時代には完全に走りに振ったカスタムなど。
SRを始めヤマハ・シングルオンリーのショップとして知られるAAAが製作したこのSRは非常にコンパクト。フロントを17インチ化し、フォークも短いTZ250用の正立。イギリスのシャシーコンストラクター、スポンドンのセパレートハンドルやスタックのステッピングタコを使ったメーター周り、それに小振りな灯火類もコンパクトな印象を強調している。
細身のロングタンクに、切り落としたテールを持ち上げたようなシングルシートは、特に80年代からのSR好きには「オッ」と注目されるデザイン。「J’s
カフェ」と名づけられたこのスタイルは、アメリカ的でカジュアルなラインが新鮮だったSRレーサー「USカフェ」と同様に、AAAがSRの新たなカスタムとして提案するもの。
イギリスやイタリアなど、過去のヨーロッパのメーカーが作ったスタイルをそのまま真似てSRに載せるのではなく、SRのシャシーやエンジンに似つかわしいものを、と作られたデザイン。
SRのカスタムは、例えばホンダ・モンキーのカスタムと同じように、完全なジャパン・オリジナルのもの。このSRは「J’s」の名前通り、長く日本のSRカスタムを見続けてきたAAA流の、日本独特のスタイル。70年代のTZでおなじみのホワイトにレッドのストライプのヤマハカラーも似合っている。
AAAのFRPタンク&シートは過去の日本製カスタムパーツ、オーバーパシフィック製をベースにリファインしたもの。再度カバーもJ’sカフェ用に作られたもの。同シリーズ用に、サイドにステーを持つ、TZ以前の市販レーサー、TD風デザインのフェンダーも製作中。「楽に」「ゆったり」「でも目立つ」ばかりが主流のSRボディパーツだが、贅肉を削ぎ落としたシャープなシルエットは、むしろ今だからこそ新鮮だ。
もう一つのポイントがエンジンだ。
排気量は400用の399ccのまま。定番の500用クランクさえ組んでいない。
代わりに施されたのがクランクのカウンターウェイトの軽量化。右下の写真の通り、思い切ってウェブをカットし、鋭いピックアップと高回転での伸びを追及している。高回転化のネックになる振動をなくすため、ピストン等の上下運動の部分とクランクの回転部分の重量バランスについては何度もトライし、現在のクランクのカットに至ったという。
シリンダーはAAAオリジナルのアルシル(アルミとシリコンの合金)シリンダー。スチールのスリーブよりも熱膨張率がピストンに近く、しかも摩擦も少ないという良いことづくめのスリーブ一体シリンダー。レースでも成功したものだ。現在は製作に必要な素材の入手が難しく、残念ながら手に入らないが、このSRにはそのデットストックを組む。アルシルの熱膨張特性からピストンクリアランスを小さくできるため、振動やパワーロスも少ない。
ピストンはワイセコのノーマルボアで圧縮比9:1(400cc時)のハイコンプ、カムはウェイブ製ホットストリート。キャブレターはFCRでマフラーはAAAのセミレーシング2。容量が大きく、全域でのパワーとバンク角の深さが特長のステンXカーボンだ。
外観上は目立たないが、最近注目されているチューニングパーツ、クランクケースの内圧を低く保つNAG製のコントロールバルブも装備。ドライサンプのSRはケース内のオイル量は少ないが、バルブの追加によってケース内圧を下げ、ポンピングロスを軽減している。これも高回転向きのエンジンやピックアップの鋭さに貢献している。
数字上のトルクよりも回す気持ち良さを求めたエンジンに合わせて、足周りにはノーマルパーツはまったく残されていない。
フォークとステムはTZ250の純正を、ステムシャフトに小加工を施して装着。フロントはマルケジーニの17インチ、リアはPVMの18インチの組み合わせで、ノーマルよりわずかに前下がりで、同時に前後とも高さを下げている。AAAの佐藤氏は「SRはディメンションから見直さないと曲がらない」という。レーサーなら、これに加えてリアも上げる方向にするとか。
スイングアームはクラフトマンのアルミ。フロントブレーキは、「値段に対してこの効果は良いですね」と佐藤氏も好む大径のサンスターをシングルで装着。マスターとキャリパーはブレンボを選ぶ。
ここまでのチューニングの結果、ガソリン無し、オイル入りの半乾燥で、車重はなんと123kg。実に30kg近い軽量化を果たす。フレームはシートレールまでノーマルなので、この軽さは驚異的だ。
この軽さと、キャパシティよりもバランスで回すエンジン。振り回すのではなく、コンパクトなポジションでライダーと一体になってワインディングを楽しむためのスペシャルSRだ。
モダンシングルの感覚。軽さとピックアップの鋭さ
最初の印象は、すべてが軽く、小さい。
フレームはノーマルだが、TZ250用のフォークと17インチのフロント、そしてウエからエンジンが見えそうなほどスリムなタンクで視覚的にも小さい。
事実、123kgという車重は公道用のび艤装を施したSRカスタムとしては極めて軽く、しかも重心から遠い場所ほど軽くなっているのだから、感覚としては250ccシングルのようだ。
ライディングポジションは昔懐かしいロングタンクにシングルシート、そして低いハンドル。ステップ位置はノーマルSRについていれば極端ではないが、このシートとハンドルと組み合わせることで、かなり上がっているように感じる。いわゆる、アゴスチーニ時代のレーサー的なものだ。
ただここで、ロングタンクやシングルシートは過去のもの、と決めつけてはいけない。確かに現代のスイングアームが長く、ホイルベースの中でピボットが前にあるモデルならこのポジションは会わないだろう。だがSRは元々スイングアームが短く、ピボットは後ろに寄った位置にある。
どんなバイクでも、最もコントロールしやすいポジションはライダーの前後方向の重心がスイングアームピボットの20~30mm後方だと思う。その意味でピボット位置から考えれば、SRにロングタンクとシングルシートというのは理にかなった選択なのだ。
このSRで最も注目すべきはエンジンだ。
ボアXストロークはそのままに、重量だけでも約40%軽量化したクランクが最大のポイント。毎分8000回転も回るウェブの外周を削り落とすことで、単純な重量を超えた回転マスの軽減を果たしているのだ。同時にバランス取りやクランクピンの芯出しが施されているのも組立クランクのSRなら当然のこと。500用のクランクを使わないのも、高回転化にストロークアップは向かないという理由から。ただ単純に軽量化すればよいというものではない。本来振動を減らし、爆発エネルギーを連続して回転に変えるためのカウンターウェイトを不必要に軽くすると、負荷の無い時は回っても、いざ走り出せばまったく加速しないトルク不足のエンジンになったり、振動ばかりで回転も上昇しないことも考えられる。
シングルレースでは他に先駆けて早くからクランクの加工に注目し、テストを繰り返してきたAAAのノウハウがあってこそ、このクランクの軽量化をメニューとして行うことができたのだ。
カムや吸排気系も変更されているが、エンジンの性格はWR426FやCRF450など、最新のシングルに近い。シングルのパルスや中速域の粘りよりも、6000rpmから上の連続した加速感が強調されている。低回転ではさすがにノーマルと同等とはいかないが、一度走り出せば、回転にストレスがないので、リアのトラクションも掛けやすく、バイクのコントロール性はノーマルとは比較にならない。ノーマルでは7000rpmで頭打ちになるところを、8000rpmまでストレス無く回る。これは見事だ。
ワインディングでは123kgという軽さを実感する。ブレーキの効きやサスペンションの動き、すべてがプラスの方向に動いている。オフセットが大きめのTZ用フォークは舵角が付きやすく、寝かさなくても曲がり、それを前述のトラクションの掛けやすさが支える。「手足のように」という動きが実感できる。
ビッグシングルといえばトルクとサウンドを味わって・・・という一般論では語れない、シングルのスプリンターと呼ぶべきスペシャルだ。 |
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